あ/ア

アラン・ケイ Alan Curtis Kay/1940.5.17~

マサチューセッツ州に生まれ10歳でラジオ番組のクイズ・チャンピオンになった。神童と称えられたが反抗的な態度が世の中に受け入れられず、1960年入隊した空軍でも懲罰を受けている。しかしその能力を認めた空軍は62年コロラド大学、66年ユタ大学に”留学”さ…

アムダール ➡️ ジーン・アムダール

it-person.hatenadiary.com

ジーン・アムダール Gene Amdahl/1922.11.16〜2015.11.10

アメリカのコンピュータ・アーキテクト。 サウスダコタ州のフランドローに生まれ、1948年サウスダコタ大学の大学院で理論物理学を学んでいたとき、研究用の計算機を作ることを思いついた。1952年電子計算機の設計に関する論文で理論物理の博士号を取得し、I…

ジョン・ビンセント・アタナソフ John Vincent Atanasoff/1903.10.4~1995.6.15

アメリカ合衆国の数学者・初期の真空管式電子計算機「ABC」の開発者。 ブルガリア移民の家に生まれ1921年フロリダ大学入学、1925年アイオワ州立大学大学院に進み数学を学んだ。1926年ウイスコンシン大学の博士課程に進み物理学を専攻、1930年理論物理学博士…

相磯秀夫 あいそ・ひでお/1932~

出身地:東京都 1957年慶應義塾大学大学院電気工学専攻修士課程を修了した。大学院の学生のうちから通産省電気試験所に通い、いつのまにか「トランジスタ計算機の研究開発」に参加し、和田弘、高橋茂、西野博二らに師事することになった。ETKL Marrk―Ⅲ開発プ…

秋山登利男 あきやま・のりお/生没年未詳

大正期の鉄道省職員。 1923年(大正12)鉄道省経理局調査課長として鉄道貨物物資輸送管理用にパワーズ式パンチカード・システムを導入した。翌1924年雑誌「鉄道時報」に論文「鉄道省で購入した最新式集計機に就て」を発表した。

浅野恭右 あさの・きょうすけ/1923~

出身地:鹿児島県 1963年早稲田大学政治経済学部を出て日本電気に入った。1971年経済研究所、1972年流通システム開発センター発足と同時に移籍し1975年同センター情報システム部次長となり1976年流通コードセンター部次長を兼務した。 1970年代から1980年代…

雨宮綾夫 あまみや・あやお/1907~1977

TAC(Todai Automatic Computer)プロジェクトの実質的なリーダー。 1931年東京帝国大学理学部物理学科を出た。東大理学部応用物理学科助教授だった1950年、分子力学を研究するのに厖大な計算が必要になった。たまたま同じ東大で工学部の山下研究室が計算機…

天羽浩平 あもう・こうへい/1928~

出身地:中国・大連 マイクロプログラミングの考案者(東芝) 1952年東京大学電気工学科を出て東京芝浦電気に入った。入社と同時に第一回フルブライト留学生としてアメリカに渡り、カリフォルニア州のスタンフォード大学でコンピューター・サイエンスを学ん…

青野昌司 あおの・まさし/1918~

出身地:中国・青島 特許庁技官。特許情報センター常務理事として特許情報データベースの構築を推進し、データベースサービスの先駆けとなった。 旅順工科大学航空科を出て1950年特許庁に入った。申請事務の効率化を図るために特許情報をデータベース化する…

赤司正記 あかし・まさき/1927~

出身地:東京都 コンピュータによる新聞製作システムの開発に従事し、記事データベースの商用化を実現した。データベースサービス業連絡懇談会座長として国産データベース・サービスの振興に努めた。 1951年東京大学経済学部を出て日本経済新聞社に入った。1…

秋草篤二 あきくさ・とくじ/1909.7.7~2001.11.22

出身地:群馬県 電電公社総裁。 1934年東京商科大学(現一橋大学)を出て日本無線通信(のちの国際電信電話)に入った。1952年日本電信電話発足と同時に経理局長となり、1965年副総裁、1977年総裁となった。 富士通元社長・秋草直之の実父。 秋草篤二 - Wiki…

飽田了三 あくた・りょうぞう/1929~

出身地:東京都 システム・エンジニア。情報システム会社の経営者となり、日本情報センター協会の発足に尽力した。 東京都立大学の独文学部を出て再び経済学部に入り直した。経済学部で方程式の解法に興味を持ち、それが計算機の技術を身につけることにつな…

浅間知健 あさま・ともたけ/1924~

出身地:東京都 国際タイムシェア社長。国際VANサービスの先駆けとなった。 1947年慶應義塾大学工学部を出て高島屋飯田に入った。1955年高島屋飯田と丸紅が合併して丸紅飯田となったとき海外に赴任、1966年アメリカ丸紅社の子会社の副社長を経て1972年電子産…

安達一彦 あだち・かずひこ/1944.2.26~

出身地:大阪府 1944年生まれ。 オンライン・トランザクション処理システムの先駆者。 1967年横浜国立大学工学部を出て日本ユニバック総合研究所に入った。1971年日本CDC(米kコントロール・データ社の日本法人)に移り、技術サービス部マネージャーのとき…

新井 正 あらい・ただし/

東京芝浦電気。アナログ計算機を開発した。東大TACプロジェクトの一員。 1950年代から1960年代前半にかけて、電力や製造業、大学の研究所、開発部門向けのアナログ計算機(アナコン)「TASAC」を開発した。アナログ計算機は、飛翔物の位置予測や原子炉制御の…

荒井俊典 あらい・としのり/1938~

出身地:栃木県 関東タックの創業者。オフコンをターンキーシステムとして普及させた。 1962年早稲田大学政治経済学部を出て日本情報処理開発協会に入った。 1977年独立して宇都宮市に関東タックを設立した。社名の由来は「タスク・エイド・センター」の頭文…

新井義雄 あらい・よしお/1926~2002.6.21

出身地:東京都 ワイ・イー・データ社長。国産フロッピーディスク装置(FDD)の市場を形成した。 旧制巣鴨中学を出て陸軍航空士官学校予科に入った。終戦後、早稲田大学工学部に入り、1952年安川電機に入った。北九州支店に配属され、1972年東京支社営業企画…

荒木東一郎 あらき・とういちろう/1895~1977

経営コンサルタント。大正期にパンチカードシステムの普及啓蒙に取り組んだ。 1917年(大正6)上野陽一とともに米国産業界を視察して製造業における生産能率向上の手法を学んだ。1923年「荒木能率事務所」を開設し、のち上野陽一が設立した産業能率研究所の…

荒木正己 あらき・まさみ/1914~

出身地:兵庫県 日本電気の初期の電子計算機営業を担った。日本電気ハネウェル・インフォメーション・システムズ社長。 1936年(昭和11)早稲田大学政治経済学部を出て日本電気に入った。1955年トランジスター式電子計算機「NEAC2200シリーズ」の営業を担当…

相沢輝昭 あいざわ・てるあき

日本放送協会(NHK)の放送技術研究所研究員として日本語処理技術を開発した。 1973年、放送技術研究所の江原暉将と共同で「計算機による漢字変換」技術を開発した。九州大学栗原研究室の成果を利用して、海外からテレックスなどで送られてくるニュース文を漢…

相澤 進 あいざわ・すすむ/1934〜

エプソンの半導体事業、プリンター事業の基礎を作った。 1956年に東京大学の工学部を卒業した。専攻は精密工学だった。 東洋工業(現在のマツダ)に就職することが決まっていたが、担当教授の強い勧めで諏訪精工舎に入った。腕時計にクォーツを応用するため…

アンダーソン ➡ ハーラン・アンダーソン

アンダーソン ➡ ウィリアム・アンダーソン

ラルフ・アンガマン Ralph Ungerman

〔USA〕 インテル社でマイクロプロセッサの開発に従事したのち、フェデリコ・ファジンが設立したマイクロプロセッサ・メーカーのザイログ社に移った。 ザイログ社ではプロセッサーと周辺半導体との間のデータ伝送技術を開発し、このとき確立したデータ伝…

アンガマン ➡ ラルフ・アンガマン

アルトゥール・シェルビウス Arthur Scherbius/1878.10.30〜1929.5.13

ドイツの数学者。ナチス・ドイツの暗号装置「エニグマ」を考案した。 アメリカの暗号解読家エドワード・へバーンが1917年に考案した暗号を改良し、電極が付いた回転周期の異なるローターの組み合わせで暗号を生み出す方法を考案した。1923年に特許が認められ…

アラン・チューリング Alan Mathison Turing/1912.6.23〜1954.6.7

ナチス・ドイツの暗号装置「エニグマ」を解明し、真空管を使った計算機を作った。人工知能の基礎研究を行った。 ロンドンで生まれ、1931年ケンブリッジ大学のキングス・カレッジに入学し、数学を専攻した。1936年から1938年まで 米国プリンストン大学に留学…

アムダール → ジーン・アムダール

アタナソフ → ジョン・ビンセント・アタナソフ

it-person.hatenadiary.com

アクセスカウンター