石井義興 いしい・よしおき

〔大阪〕

ソフトウェアAGオブ・ファーイースト(のちビーコンIT)の技術営業担当者、のち社長、会長、相談役

 大阪大学を出て日本レミントン・ユニバックに入社し、システムエンジニアとなった。1969年藤本和郎に誘われてビジネスコンサルタント(ビーコン)に移り、日本で最初のパッケージ・ソフトウェア販売会社ソフトウェアAGオブ・ファーイーストの創業に参加した。

 

〔エピソード〕「CSC社のパッケージを売るために集められたわれわれは、ハシゴを外されたかたちになった。就職を諦めて去っていった人もずいぶんいました。わたしは残留する道を選びました。いまさら尻尾を巻いて逃げ帰れるか、と思いましたね」しかし何もしないわけにいかない。「それじゃ自分たちでパッケージを作ろう、ということになりました。COBOLジェネレーターでね、研究組合を作って通産省から補助金をもらいました」

 石井がいう「研究組合」というのは、「ソフトウェアモジュール技術研究組合」のことである。構造計画研究所服部正が中心となって、通産省補助金制度の創設を働きかけた成果だった。石井たちが開発したソフトウェア・パッケージは「UPGENER(アップジェナー)」の名で販売された。

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