岡崎文次 おかざき・ぶんじ/1914.7.7〜1998.7.23

国産電子計算機「FUJIC」の開発者。

1939年東京帝国大学物理学科を卒業して富士写真フイルムに入った。レンズの設計を担当したが、光線の屈折を解析するために、専門の女子事務員が2人1組で対数表を使用して紙と鉛筆で計算を行っていた。新しいレンズを設計するには1000本から2000本の光線の計算が必要とされ、手計算では百日以上を要したことから、専用の計算機を開発することを思い立った。FUJIC開発ののち1959年日本電気に移り、1972年専修大学経営学部情報管理学科教授となった。

岡崎 文次-コンピュータ博物館

岡崎文次 - Wikipedia

 

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