ジョン・ビンセント・アタナソフ John Vincent Atanasoff/1903.10.4~1995.6.15

f:id:itkisyakai:20180203142945p:plainアメリカ合衆国数学者・初期の真空管電子計算機「ABC」の開発者。

ブルガリア移民の家に生まれ1921年フロリダ大学入学、1925年アイオワ州立大学大学院に進み数学を学んだ。1926年ウイスコンシン大学の博士課程に進み物理学を専攻、1930年理論物理学博士号を取得した。アイオワ州立大学 に戻り数学物理学助教授となり、モンロー計算機、IBM社のパンチカードシステムなどを研究する中で、1936年アナログ計算機を作成した。こののち約300本の真空管を使った計算機の開発に取りかかった。

1939年10月にアイオワ州立大学で最初の試作機が完成した。開発したのはアタナソフと大学院生だったクリフォード・E・ベリーの二人で、30元までの連立一次方程式を解くことが出来るように設計されていた。開発した電子計算機は、二人の名をとって「ABC(アタナソフ・ベリー・コンピュータ)」と命名した。しかしパンチカード入出力システムの信頼性が低く、完成しないまま2人は第2次大戦のため研究室を離れ、計算機はだれ知ることもなく処分されてしまった。

彼の功績はすっかり忘れ去られたままになっていたが、1969年のこと、ENIAC特許を取得したスペリーランド社がハネウェル社に莫大な特許使用料を請求したことから、真空管電子計算機の発明をめぐる論争が発生した。このときハネウェル社はアタナソフがその発明者であることを証明して見せた。1973年ミネアポリス地方裁判所のラーソン判事は次のような裁定文を読み上げた。

「エッカートとモークリーは、自ら最初の電子計算機を発明したのではなく、ジョン・ビンセント・アタナソフ博士からその原理を受け継いでいる」

これによってアタナソフの功績が確定したが、だからといってエッカートとモークリーが「商用化に成功した電子計算機技術の考案者」であることには変わりない。

ジョン・アタナソフ - Wikipedia

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